大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和35年(ネ)145号 判決 1963年10月26日

控訴人 清水幹雄

訴訟代理人 斎藤忠雄 外一名

被控訴人 小林定

訴訟代理人 大塚守穂 外一名

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、別紙第一目録記載(1) の建物及び附属下屋を引渡し、同上(2) の金網を収去して同第二目録記載の土地を明渡せ。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

控訴代理人は、原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一  被控訴人の請求原因

被控訴人は、別紙第二目録記載の土地(以下本件土地と略称する。)を所有するものであるが、控訴人は、何等の権原もないのに、右地上に別紙第一目録記載(1) の建物及び附属下屋(以下本件建物という。)並びに(2) の金網を所有して右土地を占拠し、被控訴人の使用収益を妨害しつつある。よつて、被控訴人は、控訴人に対し、土地所有権に基づき、本件建物及び金網の収去並びに本件土地の明渡を求める。

二  控訴人の抗弁に対する答弁及び再抗弁

(一)  控訴人主張の抗弁事実中、訴外海保サダヨが本件土地を被控訴人から賃借し、その地上に本件建物及び金網を所有していたこと、控訴人が昭和三一年四月頃右海保サダヨから本件建物等の贈与を受けその所有権を取得し、本件土地の賃借権の譲渡を受け、その後控訴人が昭和三四年三月一〇日、その主張の建物につき所有権移転登記をしたことは認めるが、被控訴人が控訴人主張の日賃借権の譲渡を承諾した事実は否認する。

(二)(1)  控訴人が被控訴人に対しその主張の日本件建物の買取請求の意思表示をしたことは認めるが、その当時本件建物は既に朽廃して無価値なものとなつていたから、買取請求権の対象たり得ないものであり、したがつて買取請求権行使の効果は発生しない。

(2)  仮りに、右主張が理由がなく、本件建物につき買取請求権行使の効果が生じたとするも、別紙第一目録記載(1) の平家建居宅については、訴外吉田祐得のため、債権極度額金二十万円、違約損害金日歩金九銭と定める根抵当権が設定してあるので、その滌除が終るまで被控訴人において代金支払を拒み得るものであるから、控訴人の本件建物の引渡義務と被控訴人の代金支払義務とは同時履行の関係にないので控訴人主張の同時履行の抗弁並びに留置権の抗弁は理由がない。

そうして、被控訴人の本訴における請求趣旨の中には、控訴人主張の買取請求権行使の意思表示が有効な場合には、控訴人に対し本件建物の引渡し並びに本件土地の明渡を求める請求を包含するものであるから、被控訴人は、控訴人に対し、予備的に右趣旨の給付を求める。

三  控訴人の答弁及び抗弁

(一)  (答弁)

請求原因事実中、本件土地が被控訴人の所有に属すること及び控訴人が右土地上に本件建物及び金網を所有して右土地を占有使用していることは認めるが、右土地の占有が不法である点は否認する。

(二)  (抗弁)

(1)  訴外海保サダヨは、本件土地を被控訴人より賃借りし、その権原に基づき本件建物及び金網を適法に所有していたものであるが、同訴外人は、昭和三一年四月頃、控訴人に対し、右賃借権を含めて本件建物及び金網その他一切の財産を贈与し、昭和三三年一一月頃、右賃借権の譲渡につき被控訴人の承諾を得、昭和三四年三月一〇日本件平屋建居宅につき所有権の移転登記を経由したものであつて、控訴人は、適法に右賃借権者たる地位を承継したものであるから控訴人の本件土地の占拠は不法ではない。

(2)  仮りに、右賃借権の譲渡につき被控訴人の承諾を得なかつたものであるとするも、控訴人は、昭和三六年一二月一二日被控訴人に到達の書面をもつて借地法第一〇条により被控訴人に対し、本件建物を時価を以つて買取るべきことを請求する意思表示をしたので、その結果同日被控訴人と控訴人との間に本件建物につき売買契約が成立したと同一の効果が発生したものである。そして右買取請求時における本件建物の価額は金百万円が相当であるところ、右代金支払義務と本件建物の引渡義務とは同時履行の関係にあるから、被控訴人が右代金を提供するまで、控訴人において、本件建物並びに本件土地の明渡請求を拒絶する。

(三)  被控訴人の再抗弁に対する答弁

再抗弁事実中、別紙第一目録記載(1) の平屋建居宅につき、訴外吉田祐得のため、被控訴人主張のような根抵当権が設定してあることは認めるが、法律上の見解を争う。

第三証拠関係

被控訴代理人は、甲第一ないし第四号証を提出し、当審証人徳永親秀及び小林実の各証言並びに当審における鑑定人佐々木富勇の鑑定の結果を援用した。

控訴代理人は、原審証人吉田祐得、当番証人木下藤吉及び品田治吉の各証言、原審並びに当審における控訴人清水幹雄の本人尋問の結果並びに当審における鑑定人佐々木富勇の鑑定の結果を援用し、甲号各証の成立を認める、と述べた。

理由

別紙第二目録記載の土地(以下本件土地と略称する。)が被控訴人の所有に属すること及び控訴人が右土地上に別紙第一目録記載(1) の建物及び附属下屋(以下本件建物という。)並びに同上(2) の金網を所有して右土地を占有していることは当事者間に争いがない。

そこで、控訴人主張の(二)の(1) の抗弁につき判断する。訴外海保サダヨが、本件土地を被控訴人から賃借りし、その権原に基づき本件建物及び金網を適法に所有していたものであること並びに同訴外人が、昭和三一年四月頃、控訴人に対し、本件土地の賃借権を含めて本件建物及び金網を贈与し、控訴人はその所有権を取得し、本件平屋建居宅につき昭和三四年三月一〇日所有権移転登記手続を経由したことはいずれも当事者間に争いのないところである。しかしながら、被控訴人が右賃借権の譲渡につき承諾を与えたとの事実は、原審並びに当審における控訴人清水幹雄の本人尋問の結果中その主張に沿う部分があるけれども、右は当審証人徳永親秀及び小林実の各証言に照らしてたやすく信用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。それゆえ、右承諾を得たとの事実を前提とする控訴人の右抗弁は採用するを得ない。そうすると、控訴人は右賃借権の譲渡をもつて被控訴人に対抗できないので、何らの権原もなく、本件土地を占有していることになるわけであるから、被控訴人に対し本件土地上にある本件建物及び金網を収去して右土地を明渡すべき義務あるものといわねばならない。

つぎに控訴人主張の(二)の(2) の抗弁につき判断する。

控訴人が本件土地の賃借人たる海保サダヨからその所有にかかる本件建物及び金網を取得し本件土地の賃借権の譲渡を受けたことは前示のように当事者間に争いのないところであるから、被控訴人が本件土地の賃借権の譲渡を承諾しない以上、控訴人は被控訴人に対し本件建物を時価をもつて買取るべきことを請求することのできることは借地法第一〇条の規定により明らかであるところ、控訴人が被控訴人に対し昭和三六年一二月一二日本件建物を買取るべきことを請求したことは当事者間に争いのないところである。

被控訴人は本件建物は朽廃しているので買取請求の対象とならず、したがつて買取請求権行使の効果は発生しないと主張するけれども、建物の朽廃とは、建物の構造の各部における材料そのものに浸透した物質的腐朽のみを指すものでなく、この部分的廃損のほかに建物か構造上の要部である局部または接合点に腐蝕損傷を生じた結果、建物全体がもはや構造上の意義を失つた場合をいうものと解するを相当とするところ、前記鑑定人佐々木富勇の鑑定の結果によれば本件建物は未だ朽廃していないことは明らかであるから、被控訴人の右主張は採用できない。そうして、当審証人徳永親秀の証言及び当審における鑑定人佐々木富勇の鑑定の結果を総合すると、前示買取請求権の行使時たる昭和三六年一二月一二日当時の本件建物の時価は、別紙第一目録記載(1) の建物のうち平屋建居宅金一〇万六五六〇円、附属下屋たる狐舎金三七五〇円、鶏舎金五六二五円、合計金一一万五九三〇円であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて、控訴人と被控訴人との間には、昭和三六年一二月一二日、前示買取請求権行使の効果として、別紙第一目録記載(1) の建物につき代金一一万五九三〇円とする売買契約が成立したのと同一の効果が生じたものというべきである。

そうすると、控訴人は本件建物につき買取請求権を行使した結果、被控訴人に対する本件建物の収去義務は消滅し、本件建物の引渡義務を負担するに至つたものといわねばならない。

控訴人は、被控訴人の右代金支払義務と控訴人の売買目的物の引渡義務とは同時履行の関係にある旨主張するのに対し、被控訴人は、本件平屋建居宅については、訴外吉田祐得のため、債権極度額金二十万円、違約損害金日歩九銭と定める根抵当権が設定してあるので、右抵当権の滌除が終るまで被控訴人は代金の支払を拒むことができるので被控訴人の右代金支払義務と控訴人の本件建物の引渡義務とは同時履行の関係にないと抗争するので判断するに、抵当権の登記のある建物について買取請求がなされた場合には、土地の所有者は抵当債務が該建物の時価を超えると否とにかかわりなく、抵当権の滌除の手続の終わるまで代金全額の支払を拒むことができるものと解するを相当とするので、買取請求者の建物の引渡義務と土地の所有者の代金支払義務とは同時履行の関係になく、したがつて土地の所有者は代金の提供をすることなく、建物の引渡を請求することができるものといわねばならない。もつとも、買取請求者が滌除の手続をなすべきこと、または代金の供託を請求したのに土地所有者がこれに応じなかつたときは、土地所有者は代金の支払拒絶権を失うので(民法第五七七条但書第五七八条)、建物の引渡義務と代金の支払義務とは同時履行の関係にあるのである。本件につきこれを観るに、本件平屋建居宅につき訴外吉田祐得のために被控訴人主張のような根抵当権が設定されてあることは当事者間に争いがなく、控訴人が被控訴人に対し滌除の手続をなすべきこと、または代金の供託を請求した事実のないことは弁論の全趣旨により明らかである。そうすると、控訴人の負担する本件建物の引渡義務は、前示根抵当権の滌除が終らない限り、被控訴人の負担する代金支払義務に対して先給付の関係にあることは前示説示に照らし明らかであるから、控訴人の右主張は採用できない。

ところで、所有権に対する妨害を排除するため、その地上に存在する建物を収去して土地明渡を求める本件請求の趣旨のうちには、若し右建物の買取請求権行使の効果が発生した場合には右建物の引渡と土地の明渡を求める趣旨をも包含していることは被控訴人の主張からも明らかであるから、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し本件土地上にある本件建物の引渡と別紙第一目録記載(2) の金網の収去並びに右土地の明渡を求める限度においてこれを正当として認容すべきも、その余は失当であるからこれを棄却すべく、これと異る原判決は変更を免れない。

よつて、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 和田邦康 裁判官 安久津武人 裁判官 藤野博雄)

(別紙目録および図面は省略する)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例